異形、異質、異世界──UBという存在の衝撃
ポケモンシリーズの中でも、最も「ポケモンらしくない」存在──それがウルトラビースト(UB)である。
アローラ地方を舞台にした『サン・ムーン』『ウルトラサン・ウルトラムーン』に突如として登場した彼らは、「ポケモンかどうかすら不明」という異色の存在感で多くのプレイヤーを困惑させた。
その出自は、我々の世界とはまったく異なる次元「ウルトラスペース」。 ウルトラホールという歪みからやってくるUBたちは、コードネームで呼ばれ、奇怪な姿と超常的な能力を持って現れる。
だが果たして、彼らは本当に“敵”なのか? そしてその存在は、ポケモン世界に何をもたらしたのか?
ポケモンか、それとも別の生命体か?
UBの最大の特徴は、その非生物的デザインと素数にまつわる生態系だ。
これらの要素は、「通常のポケモンとは別規格」であることを暗に示している。
たとえばウツロイド(UB01)は“共生”をテーマにした寄生体のような存在。
マッシブーン(UB02)は肉体そのものを誇示する格闘生命体。
デンジュモク(UB03)は電線が歩き出したかのような電撃生物。
……これらが、従来の「ポケモン」と同列であると感じるプレイヤーは、おそらく少数派だろう。
ではなぜ彼らは「ポケモン」として分類されたのか? それは“捕獲・育成・対戦ができる”というシステム上の理由だけでなく、 ゲーム的な“異物との遭遇”というテーマを成立させるためだったと考えられる。
UBは「侵略者」ではなかった?
ストーリー上、ウルトラビーストたちは突如として現れ、破壊と混乱をもたらす。
だがそれは「故意の侵略」ではない。 むしろ彼らは、“異世界から迷い込んできた生き物たち”に過ぎない。
アローラの自然や人間にとっては脅威であっても、 それは彼らが環境に適応しようとしているからであり、敵意というよりは警戒や防衛反応に近い。
たとえば
……つまりUBは、我々にとっては異常でも、彼らの世界では“普通の生き物”なのだ。
コードネームの裏にある、人間の都合
UBにはそれぞれ英語ベースのコードネームが付けられている。
これらはあくまで“観察者側の視点”で与えられたラベルであり、 UBたち自身が自らをそのように認識しているわけではない。
つまり、これは“ラベル付けの暴力”とも言える。 我々の知らない生物に勝手な名前をつけ、分類し、管理しようとする。
ウルトラビーストとは、人間が「未知」とどう向き合うかを問うメタファーでもあったのではないか。
UBは“宇宙人”ではなく“可能性”の象徴?
彼らが異世界からやってきたという設定は、従来のポケモンシリーズでは考えにくい“宇宙的”なスケール感をもたらした。
だが、ウルトラビーストが単なる宇宙人ではないと思わせるポイントがある。
それは、共存が可能であるという点だ。
例えばベベノムは、ウルトラホールを通ってこちらの世界に来ながらも、 アローラの子どもと仲良く暮らしている描写がある。
つまりウルトラビーストは、完全な“異物”ではなく、 “別の可能性を持った生命”として受け入れられる存在なのだ。
そしてこれは、シリーズ全体に通底する“命の多様性”というテーマにもつながっている。
非合理な存在だからこそ「リアル」だった?
ウルトラビーストのデザインには、あえて「理解しにくさ」が盛り込まれている。たとえば
従来のポケモンが「動物+ファンタジー」の延長線にあるのに対し、UBたちは「常識から逸脱した美学」を持っている。
これは現実世界で未知の深海生物や宇宙探査で見つかる構造物に似ており、まさに「わからないものは怖い、でも美しい」という本能的な魅力に近い。
つまりUBとは、「未知との接触」に対する人間の感情そのものを具現化した存在だったとも言える。
対戦環境でもUBは“異質な存在”
ウルトラビーストはバトルでも一筋縄ではいかない。
とくにカミツルギの攻撃種族値181、フェローチェの素早さ151など、驚異的な数値が目立つ。
これにより、UBは「準伝説」の枠を超えて、環境を揺るがす存在にもなりえた。
ただしこの強さも、「異世界から来たものだからバランスが崩れている」というストーリー的裏付けがある。これにより、プレイヤーは「強すぎる」と感じながらもどこか納得してしまうのだ。
【結論】ウルトラビーストとは“ポケモン世界の外から来た哲学”
最終的に、ウルトラビーストとは何だったのか?
それは単なる「異世界のポケモン」ではなく、
プレイヤー自身が“違うもの”とどう向き合うかを試す存在だった。
ウルトラビーストは、ゲームの世界を超えてプレイヤーにこう問いかけてくる。
「あなたは“異質な存在”を、どう扱いますか?」
──そんな哲学的テーマを、ポケモンという形で提示したのがウルトラビーストの真の姿だったのではないだろうか。